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動物の命の恵みに感謝する西欧の感謝祭

ここで、子供の頃日曜学校で聞いた、旧約聖書のお話をさせていただきます。
その昔、神様は自分の姿に似せて人間を造りました。(アダムとイブ)
アダムとイブはエデンの園に暮らしていました。
ある日、アダムとイブはヘビにそそのかされて木になっている実(知恵の実ともいわれています)を食べてしまいました。
神様がアダムとイブの所へ行くと二人は大事なところを葉っぱで隠していました。
純粋無垢だった二人に道徳心のようなものが芽生えたので、神様は言います。
「お前たちはもはやここには置いておけない。地上に降りて暮らすが良い。産めよ増やせよ」というわけで地上には人間が増えました。
人間が増えながらいくつも町ができました。
そうすると悪い人たちも出てきます。
神様は悪い人が多い町を懲らしめたりするのですが、なかなか人間というのは神様の思うとおりには行かないものです。
そこでアダムとイブの時代から相当世代を経て、人間が多くなった時に、このままでは良くならないから、良いものだけを選ぼうと思ったらしいです。
ある日、ノアに言います。方舟を作ってお前の家族と動物を乗せなさい。
その後、嵐と大洪水が来るので、舟の中にいて、洪水が治まり水が引けて陸地にたどり着いたら船から下りなさいと。
現在地球上に暮らす人間や、動物はこのときに舟から降りた末裔です。

人間は神様との契約の中で動物を支配(動物の命を奪うことも含めて)してよい事になっているそうです。
また、動物は大洪水を乗り越えた清い動物なので人間が食べても良いのだそうです。
それなので、感謝祭や謝肉祭というものを行い、動物の肉に対して感謝します。

このような宗教に根ざした考えがあり、その後、哲学的な議論の中からアニマルウェルフェアが出てきました。
人間が支配しても良いのだけれど、せめて生きている間は飼育動物も、自然界で生きている動物のように快適性に配慮し生活させてやりたい。
人間は動物の命を奪ってよいのだけれど、痛みや恐怖を与えないようにしよう。
それが動物の支配者たる人間の務めではないか。
この考えが家畜、実験動物、愛玩動物、使役動物など人間が飼育する動物に普及してきました。また最近ではウエルフェアクオリティー(ウエルフェアの質)の問題として議論されているところです。

動物の死後の魂の安息を願う日本の慰霊祭

西欧での「感謝」と違って、日本では動物の魂の「慰霊」を行います。
日本各地に神社仏閣があります。
そもそも日本では、天変地異や大災害があり多くの人がなくなったりすると、社寺の建立がありました。また、有名な武将がなくなると神社を建てたり、また首塚として祀ったりしました。
古来より、権力があり有名な武将などは、どんなに長生きしてもこれでいいということはなく、死した後も現世への未練があると思われていました。
それが、現世で今生きている人々に祟らないように神社仏閣を建立し、魂を慰めめるために参拝したということです。
現在では、有名人の生きていた頃のエピソードや能力にあやかってお参りに行きます。
例えば今の時代は学問の神様、菅原道真公にあやかって、合格祈願に行くとかですが、そもそもは都に帰りたいと願った道真公の魂をお慰めするために神社を建立したはずです。

また日本には八百万の神々がいて、大きな石にも、大木にも神様がいます。
また、草木などいろんなものに精霊が宿ります。
道具も長年使い込めば精霊が宿りますし、子供が毎日遊んだ人形にも魂が宿ります。
針供養、包丁供養など現在でも行われていますし、人形の供養も行われています。
よくある話が、子供が毎日遊んだ人形が古くなったから捨てようかというと、やだという。新しいのを欲しがるので買ってやっても古い人形は捨てたがらない。そんなことをしている間に人形がふえて、いつの間にか娘が大人になって、もう使わないんだけどいまさら捨てるに捨てられない。どうしようかと迷いつつ、神社やお寺に持っていってお祓いをしたり、お経をあげてもらったりして、魂を抜いてから処分してもらう。ということをよく耳にします。

動物の慰霊祭は各地で毎年行われています。
動物に関係する業界業界で、例えば「家畜慰霊祭」や「犬魂祭」という形で、人間の生きていく営みのなかで命を亡くした動物に対して、碑を立て、祭壇を設け、献花をし、読経をしてもらい、その命に感謝すると共に魂の安らかなる事を願います。

日本人というのは不思議で、故人が生きている間はあまり気にも留めない人でも、亡くなると葬儀をし、また、どんなに時間がたっても、親族の十三回忌、二十七回忌、、三十三回忌だと、忘れずに執り行う人が多いのは、やはり故人の魂の安息を願ってのことだと思います。

このように日本では成仏すること、魂の行き場の方に気を配っているようです。
唯一神である神との契約で行動する西欧の考え方と、神様がいっぱい居て、人間も死ねば神様や仏様になる日本とは「命と魂」に対する考え方が根本的に違うということから、動物の肉を食べることに対する「感謝祭、慰霊祭」の違いがなんとなくお分かりいただけたと思います。

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