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アニマルウエルフェア

これは西欧から入ってきた考え方ですが、飼育される動物には5つの自由があるとされています。(野生動物は自由で、本能の赴くまま生活しているので除外されます。)

①飢えと渇きからの自由
②肉体的苦痛と不快からの自由
③痛み・苦痛・病気からの自由
④通常行動を発現する自由
⑤恐怖や悲しみからの自由

以上の5つの事を満たして飼育しなければならないとされています。
きちんと餌や水を与え、虐待せず、病気にさせず、病気や怪我の時にはきちんと獣医師の診察を受けさせ、その動物が本来持っている、正常な行動が発現できるような環境を与え、恐怖や苦痛を与えない方法でと殺する事を、飼育者、肉の利用者である人間に求めています。
フランスでは鶏のケージ飼育は認められず、採卵鶏は平飼いしか許可になりません。
平飼ではケージ飼育のおおよそ5分の1しか飼育できません。
また、ドイツの豚などは土の上で飼育し、分娩させなければならないなど、広大な面積が必要で、集約的畜産の日本の状況とは大きく異なっています。
アニマルウエルフェアの基準を満たして、動物の快適性に配慮すると生産性は低下し、その結果、畜産物の価格は上昇しますが、消費者の支持を得ています。
消費者アンケートの結果では、家畜の快適性に配慮したけれど価格が高い肉や卵などの畜産物と、家畜の快適性に配慮しない安い畜産物のどちらを選ぶかの問いに、ほとんどの消費者は前者を食べたいと答えています。
イギリス、ドイツなどがわりと厳格で、イギリスの猛禽類の調教時に生きた動物を使用しないなども、この考えが根底にあるようです。
日本ではアニマルウェルフェアは動物の福祉と訳されていますが、一般にはまだあまり浸透していません。

アニマルウェルフェアを考えるうえで参考になりそうなことを以下に書きます。

※功利主義(最大多数の最大幸福)

家畜をはじめとする飼育動物が、飼育環境などにきちんとした配慮がなされ、幸福に暮らせるならば、それらから生まれる動物もまた幸福に暮らせるはずであり、今飼育している動物が幸福に暮らせられるようにすることにより、最大多数の最大幸福が可能となる。

もともと「功利主義は人間社会における最大多数の最大幸福」の実現でありイギリスのベンサムが提唱しました。しかしこれは100人の村にたとえると、99人の幸福のためには、一人の犠牲もやむをえないということにつながり、災いがあると魔女を探し、誰か一人を何が何でも魔女にしてしまうという不幸な結果をもたらします。しかし、一人を犠牲にすれば本当に他の人たちが救われるのか、弱者をみんなで救済すべきではないかなど事があり、後の時代に別の人によって修正が加えられます。
19世紀、オーストラリア人のピーター・シンガーはこの功利主義の立場から動物の開放論を唱えます。
その中で人間の利益のために犠牲になっているあらゆる動物の権利を擁護しました。
動物を差別することは、人間をも差別することにつながると考えていました。
後に述べるベジタリアンや動物愛護団体はこの考えが根底にあります。
詳しくお知りになりたい方は「功利主義」「ピーター・シンガー」で検索をかけてみてください。
このようにいろいろな経緯を経て、アニマルウェルフェアという考え方が西欧に定着してきました。
日本では「動物の福祉」「動物愛護」というふうに訳されておりますが、本来の「動物の開放」や「動物の権利」をやわらかく包み込むような言葉となっています。
これは、後に述べます、唯一神の国と、アミニズムの国の、そもそもの宗教観の違いにあるのではないかと考えています。

※西欧の動物病院では治療しても救い難い動物に対して、獣医師は安楽死を勧めます。動物の今ある苦しみや痛み、病気から開放してやるためです。
日本ではどうかというと、一日でも長く生かしてやりたいと、治療を継続し、延命処置を施すことが一般的です。
日本と西欧では動物の命のとらえ方に違いがあります。

※人と動物の違いは何か

進化論からいえば元はひとつの種が枝分かれして、現在の哺乳類を始めとする動物が存在します。遺伝子でみると、人とチンパンジーやボノボは1%くらいの違いしかありません。人間と猿は、人間が進化した今でこそ明らかな違いがありますが、数万年、あるいは数十万年前はその違いを見出すのは困難だったと考えられています。
もっとさかのぼれば、ネズミや鳥も元は同じ所から枝分かれしてきたと考えられます。
ですから、哲学の立場から言えば人間が特別の存在だから他の動物を支配していいことにはならないそうです。
動物を差別することは、人種や性別で人間を差別することにつながると考えている人たちもいます。
このような考えが生まれたときにはすでに人間が地球上を支配し、家畜を始めとする動物を食料としていました。
そこで、アニマルウェルフェアの考え方がでてきたわけです。

※人は殺してはいけないのに、動物は殺してもいいのか。

(哲学の話です。法律、道徳、宗教とは関係ありません。)
人と動物の一番の違いは、将来の設計、心配してくれる家族、愛情、夢や希望を持っていることだと考えられています。それを奪ってはいけないと。ですから人を殺してはいけません。
動物は夢や希望を持たず、本能に従って行動しているので、怪我や病気で救い難い場合は、今ある苦しみから救ってやるほうが良いのだと考えられています。
また、動物を苦痛を感じない方法で殺して食べるというのはいいとされています。現在、食肉処理される家畜はこのことに配慮がなされています。
※牛や豚は人間が食べても良くて、鯨やイルカはなぜダメだと考えるのか

海に住む哺乳類である鯨やイルカは、喜びや悲しみの感情を持ち、互いにコミニュケーションする能力を持ち合わせ、牛や豚よりきわめて知能が高いと考えられており、どちらかというと人間に最も近いチンパンジーやボノボに匹敵する感情を持っていると、研究者は考えています。
このことが、愛護団体の考えの基になっているようです。

※共感

動物には共感というものがあり、実験では2匹のネズミの一方に苦痛を与えると、もう一方のネズミもそれを感じ、体調に変化が現れるというものです。
2匹のネズミの関係が強いほど反応に変化が現れ、まったく関係の無いネズミでは、この変化が現れないそうです。
この共感なくしては子育てもできず、また共感により家族、集団が成り立っているといえます。
共感に関していえば、人と動物は違いがないといえます。

※動物と植物の違いは何か

動物には神経細胞があり痛みを伝達するが、植物にはそれがないため痛みは感じないとされています。
そのため、動物に対するようなウェルフェアの考えはありません。
日本に古くからある、草木にも精霊が宿るという考え方とは異なります。

※ベジタリアン

程度の差はあるが菜食主義の人。真のベジタリアンは肉も魚もまったく食べない。
普通のベジタリアンは牛乳と卵は食べてよいことになっているようです。
一般的な日本人の感覚からすると、野菜にも命があり感情もあると考えられ、同じ命なのに植物と動物を区別するのはどうか、と思う人もあるかと思いますが、上記の理由が大きいと考えられます。
※カリフォルニア州ではフォアグラが7月から禁止になるそうです。

脂肪肝になるほど過食をさせることはアニマルウェルフェアに反していることからです。
フォアグラはフランスでは伝統がある食材ですので、当然フランスは反発しています。
工場畜産のアメリカにアニマルウェルフェアを言われたくないというのが、フランスの本音だと思います。

いずれにしても、西欧では、人間が動物のことを支配していいということになっていた時代が長く続いている間に、人々の考えが変化し、人間と動物との関係に対して、このような考えが出てきたと考えられます。

アニマルウェルフェアは日本ではまだ馴染みが薄く、あまり理解されていません。そこで、以前はどのように考えられていたか、西欧と日本の動物に対する考え方の違いを「感謝祭」、「慰霊祭」などの言葉と共に考えてみたいと思います。

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